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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)18号 判決

愛知県東海市南柴田町ホの割213番地の5

原告

名古屋油化株式会社

同代表者代表取締役

堀木清之助

同訴訟代理人弁理士

宇佐美忠男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

同指定代理人

吉野日出夫

唐木以知良

安達和子

幸長保次郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成5年審判第7035事件について平成5年11月19日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告及びトヨタ自動車株式会社は、昭和61年3月28日名称を「差込式マスキング材」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和61年実用新案登録願第46717号)をしたところ、平成5年2月23日拒絶査定を受けたので、同年4月15日審判請求をし、平成5年審判第7035事件として審理されたが、平成5年11月19日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成6年1月10日原告らに送達された。

原告は、トヨタ自動車株式会社から本願考案に係る実用新案登録を受ける権利の持分全部の譲渡を受け、平成6年2月4日特許庁長官に対し、その届出をした。

2  本願考案の要旨

硬質熱可塑性プラスチック発泡体のブロックの所定位置に、1個もしくは2個以上の被保護部分挿入凹部を設けたマスキング材であって、該挿入凹部の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定されていることを特徴とするマスキング材(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、昭和58年実用新案登録願第192264号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和60年実用新案出願公開第100061号公報参照、以下「引用例1」という。)には、次の事項が記載されている。

塗装マスキング治具1はプラスチックの廃材を100%再生利用したもので構成されており、樹脂成形品のゲートをマスキング治具のツマミ2として利用し、また、抱込みのための弾性保持部3を有している。この塗装マスキング治具1は被塗装物としてのプラスチック成形品6の凸状の非塗装部4に圧入され装着される。この非塗装部4とマスキング治具の関係は、

凸部>弾性保持部

になっているため、圧入することにより弾性保持部3には戻ろうとする力が発生し、非塗装部4を抱き込むように密着される。この弾性保持部3の保持力は塗装吹き付け圧よりも大きな密着力を発揮し、非塗装部4への吹き込み、マスキング治具の飛び出しが解消される。そして、治具がプラスチック材であるため、脱着時によるキズも全く付かなくなる。(3頁4行ないし4頁1行)また、引用例1の第3図には弾性保持部の巾が凸状の非塗装部の巾より僅かに小さいことが示されている。(別紙図面2参照)

また、昭和47年実用新案登録願第143065号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和49年実用新案出願公開第112827号公報参照、以下「引用例2」という。)には、高分子発泡体片1と、該高分子発泡体片1の被マスキング面と当接すべき面に形成された粘着剤層とからなるマスキング材(実用新案登録請求の範囲参照)が、また、高分子発泡体片1の材料として、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル等が用いられること(2頁参照)が記載されている。

ここで、引用例1の記載を検討すると、マスキング治具1はツマミ2及び弾性保持部3で治具の構成主体を形成しており、また、引用例1の「凸部>弾性保持部」の記載における「凸部」は第3図とともに勘案すると「凸状の非塗装部4の巾」の意味であると認められ、また、「弾性保持部」は同様に「左右の弾性保持部3の内側の巾(もしくは内側の距離)」の意味であると認められるので、引用例1には、「プラスチック体の構成主体の所定位置に、凸状の非塗装部4を挿入するための弾性保持部3の内側部分が形成されたマスキング治具であって、前記弾性保持部3の内側部分の巾は凸状の非塗装部4の巾より若干小さく設定されているマスキング治具」が記載されているものと認める。

(3)  そこで、本願考案(前者)と引用例1記載の考案(後者)とを対比すると、後者の構成主体、凸状の非塗装部、弾性保持部3の内側部分及びマスキング治具は、前者のブロック、被保護部分、挿入凹部及びマスキング材に相当するから、両者は、「熱可塑性プラスチック体のブロックの所定位置に、被保護部分挿入凹部を設けたマスキング材であって、該挿入凹部の巾は被保護部分の巾より若干小さく設定されていることを特徴とするマスキング材」である点で一致し、次の点で相違している。

イ.前者が熱可塑性プラスチック体を硬質熱可塑性プラスチック発泡体としているのに、後者は発泡体としていない点。

ロ.前者が挿入凹部の巾を最小巾とし、被保護部分の巾を最大巾としているのに対し、後者ではその点が不明である点。

(4)  次に、前記相違点について検討する。

イ.相違点イ.については、引用例1記載の考案も、この塗装マスキング治具1は被塗装物としてのプラスチック成形品6の凸状の非塗装部4に圧入され装着されるので、この非塗装部4とマスキング治具の関係は、

凸部>弾性保持部

になっているため、圧入することにより弾性保持部3には戻ろうとする力が発生し、非塗装部4を抱き込むように密着される、この弾性保持部3の保持力は塗装吹き付け圧よりも大きな密着力を発揮し、非塗装部4への吹き込み、マスキング治具の飛び出しが解消される(引用例1、3頁8行ないし19行参照)という本願考案と同様の目的作用を有するものであるから、本願考案が熱可塑性プラスチック体を発泡体とした点に格別技術的な意義は認められず、また、使用形態は異なるものの、マスキング材として熱可塑性プラスチック発泡体を用いることは引用例2に記載されるように周知である(他にも昭和53年実用新案登録願第33867号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和54年実用新案出願公開第136364号公報参照)参照)から、引用例1記載の熱可塑性プラスチック体に変えて本願考案のように熱可塑性プラスチック発泡体とすることは、当業者が適宜なし得たことと認める。

ロ.相違点ロ.については、前者が挿入凹部の巾を最小巾とし、被保護部分の巾を最大巾としているのは、挿入凹部と被保護部分の接触する部分が部分的であってもよいことを表現しているにすぎず、挿入凹部と被保護部分の接触する部分が部分的でも全面でも、要は塗装時の吹付圧により吹き飛ばされない程度にマスキング材が被保護部分に保持されていれば良いのであるから、相違点ロ.のようにすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得たことと認める。

(5)  したがって、本願考案は、引用例1及び引用例2記載の考案から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、(1)(2)(3)は認める、(4)イ.のうち、マスキング材として熱可塑性プラスチック発泡体を用いることは引用例2に記載されるように周知であることは認めるが、その余は争う、同ロ.のうち、本願考案が挿入凹部の巾を最小巾とし、被保護部分の巾を最大巾としているのは、挿入凹部と被保護部分の接触する部分が部分的であってもよいことを表現していることは認めるが、その余は争う、(5)は争う。

審決は、本願考案と引用例1記載の考案との相違点を看過し、かつ、相違点イ.及び相違点ロ.に対する判断を誤った結果、本願考案は引用例1及び引用例2記載の考案から当業者がきわめて容易に考案をすることができたとの誤った結論を導いたもので、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点の看過)

イ.審決は、本願考案のマスキング材の挿入凹部は周囲が閉じられているのに対し、引用例1記載の考案のマスキング治具は左右が開放された断面コの字形をなしており、形状及び性状が全く相違する点を看過している。

ロ.もし、引用例1記載の考案のマスキング治具の弾性保持部が非塗装部の周囲を囲むものも含有すると仮定すれば、凸部>弾性保持部である凸部に弾性保持部を圧入するには、該弾性保持部が内周、外周ともに縦径及び横径が拡大されなければならない。弾性保持部の…径を内周、外周ともに縦横方向に拡大可能ならしめるには、マスキング治具の材料としてゴム等の伸縮性の大きな柔軟な弾性体を選択しなければならない。

ところが、引用例1には、「本考案の塗装マスキング治具は、被塗装物としてのプラスチック成形品と同様のプラスチック材で構成し、」(2頁17行ないし19行)と記載されており、この記載からみれば、マスキング治具はゴムのような伸縮性の大きな柔状な弾性体を材料としているものとは到底考えられず、そうすると、径を内周、外周ともに縦横方向に拡大するような変形は、縦横方向にきわめて大きな引張り力を及ぼさない限りは実質的に不可能である。したがって、引用例1記載のマスキング治具の弾性保持部は、左右が開放された断面コの字形であるに相違ない。

被告は、プラスチック成形品は通常弾性体であるから、この弾性を利用してプラスチック成形品に他のものを挿入することは日常一般的にみられることであると主張する。原告も、プラスチックが略弾性体であることは認めるものの、しかしながら、プラスチック成形品が弾性変形可能かどうかは、その形状によるものであり、引用例1記載のマスキング治具が左右開放されていないものであった場合、凸部に嵌合する際に容易に径を拡大する変形を行うものとは思えない。

ハ.さらに、本願考案について、被告は、マスキング材の挿入凹部は必ずしも周囲が囲まれたもののみに限定すると解する必要はないと主張するが、凹部の凹とは本来周囲が高く中央が低い状態をいい(甲第6号証)、本願明細書の実施例の図面に表される挿入凹部もすべて周囲が囲まれたものであり、本願考案のマスキング材の挿入凹部は周囲を囲まれたものであるとするのに、何らの疑義はない。

ニ.前述のように、引用例1記載の考案のマスキング治具は左右が開放された断面コの字形をなしている。このため、凸部を圧入すると該コの字形が若干開き、この際弾性保持部に元に戻ろうとする力が働き、この力によって弾性保持部は凸部(非塗装部4)を抱き込むようにして密着する。

一方、本願考案の場合は、挿入凹部は周囲が閉じられているから、該挿入凹部の最小巾もしくは最小径よりもその最大巾もしくは最大径が若干小さく設定されている被保護部分を該挿入凹部に挿入すると、該挿入凹部の巾もしくは径が被保護部分に押されて拡大し、このような径の拡大に伴う弾性復元力によって該被保護部分は該挿入凹部内に固定される。

このように、本願考案では、挿入凹部の巾もしくは径が被保護部分の挿入によって容易に拡大すること、巾もしくは径の拡大に伴って弾性復元力が生ずることが必要であり、これを充たす材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体が選択されたのである。

(2)  取消事由2(相違点イ.に対する判断の誤り)

イ.前述のように、本願考案では、挿入凹部の巾もしくは径が被保護部分の挿入によって容易に拡大すること、巾もしくは径の拡大に伴って弾性復元力が生ずることが必要であり、これを充たす材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体が選択された。

この硬質熱可塑性プラスチック発泡体は、押圧されることによって発泡構造が潰れ、厚みの縮小を伴って巾もしくは径が拡大する。

このことは、本願明細書の記載からも読み取れるが、さらに、たとえば、実施例1(第1図ないし第3図)において、挿入凹部に最大径が該挿入凹部の最小径より若干大きい被保護部分が挿入された場合、該挿入凹部は該被保護部分に押圧されて径すなわち内周を拡大する。しかしながら、本願考案のマスキング材は硬質プラスチック発泡体を材料としているから、該マスキング材の外周は実質的に拡大しない。その結果、該マスキング材の肉厚は弾性的に縮小する。この肉厚の弾性的な縮小は当然に発泡構造の潰れを伴う。

このように、硬質プラスチック発泡体を材料としたマスキング材において、挿入凹部の最小径部分が被保護部分の最大径部分に押された時、発泡構造が潰れて外周は実質的に拡大せず内周は拡大するような弾性的な変形、すなわち、肉厚の縮小する弾性的な変形を起こすことが可能になるのである。

肉厚が縮小する弾性的な変形が可能であること、肉厚が縮小すれば発泡構造が潰れることは、発泡体の周知の性状であり、発泡ポリスチレンや発泡ポリエチレンのような硬質熱可塑性プラスチック発泡体は従来からこのような性質を利用して、包装の緩衝材として使用されている(甲第7号証)。

このように、本願考案のマスキング材においては、被保護部分の挿入凹部の周囲が閉じられており、該挿入凹部の最小巾もしくは最小径が該被保護部分の最大巾もしくは最大径よりも若干大きく設定されているために、挿入凹部の巾もしくは径が被保護部分の挿入によって容易に拡大し、かつ拡大に伴って弾性復元力を生ずるよう、硬質熱可塑性プラスチック発泡体をマスキング材の材料として選択したのであって、硬質熱可塑性プラスチック発泡体を選択したことには格段な技術的意義が存する。

ロ.なお、発泡構造が潰れることは、弾性復元力が生じるという現象の本質的な要因であるから、上記イ.のように主張するものであるが、発泡構造が潰れるかどうかはともかくとして、本願考案は、硬質熱可塑性プラスチック発泡体を材料とするマスキング材の挿入凹部の巾または径が拡大可能なこと(すなわち、マスキング材が容易に被保護部分に取り付けられること)、及び巾または径が拡大すれば弾性復元力が発生すること(すなわち、マスキング材が強固に被保護部分に取り付けられること)という性状を直接利用したものであることを留意すべきである。

ハ.引用例2等には、マスキング材の材料として熱可塑性プラスチック発泡体が開示されているが、引用例2等のマスキング材は被保護部分を挿入する挿入凹部が形成されておらず、粘着剤層を介して被保護面に取り付けられるものであり、したがって、本願考案における硬質熱可塑性プラスチック発泡体を選択することの技術的な意義は引用例2等には何らの開示もなく、引用例2等を参照したところで本願考案は引用例1記載の考案から容易に想到されるものではない。

たしかに、被告のいうように、「マスキング材として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いることは、本出願前周知の技術である」といえるが、本願考案の特徴は、硬質熱可塑性プラスチック発泡体の厚みを縮小する弾性的な変形が可能であるという性質に着目して、該マスキング材の挿入凹部の最小巾もしくは最小径を被保護部分の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定したものであるが、この点については乙第1号証ないし乙第4号証のいずれにも開示されていない。

(3)  取消事由3(相違点ロ.に対する判断の誤り)

本願考案において、マスキング材の挿入凹部の最小巾もしくは最小径を被保護部分の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定したのは、該マスキング材の材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を選択し、該被保護部分を該挿入凹部に挿入した時に発泡構造が潰れて挿入凹部の巾もしくは径が容易に拡大し、該拡大に伴って弾性復元力が生ずるための必須要件である。

本願考案において、硬質熱可塑性プラスチック発泡体が選択されたことと合わせ考えれば、上記巾もしくは径に関する設定は、当業者が必要に応じて適宜なし得たものとはいえない。

(4)  以上のとおり、本願考案は、引用例1及び引用例2記載の考案から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められないから、審決の認定判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(相違点の看過)について

イ.引用例1記載のマスキング治具は、引用例1の明細書全体の記載からみて、マスキング治具の弾性保持部が左右に開放された断面コの字形のみに限定されるものではない。

マスキング治具の弾性保持部に関して、該明細書には「非塗装部を抱き込む」旨の記載があり(実用新案登録請求の範囲、2頁20行等)「抱き込む」という表現は、通常抱き込まれる対象物の周囲を囲むという概念を含むものである。

また、引用例1記載の考案において、非塗装部4は凸状に形成されている(3頁10行)から、当然凸状の非塗装部は周囲の部分を有しており、凸状の非塗装部が周囲に及ぶものであれば、マスキング治具の弾性保持部も周囲を囲むように形成することは当業者の常套手段である。

ただ、引用例1の第3図を参照すると、マスキング治具の前後方向に弾性保持部が存在しないようにもみえるが、第3図は該考案の1実施例を示す断面図にすぎないし、願書に添付された図面は明細書の記載を補助するにすぎず、図面の記載のみをもってマスキング治具が左右に開放された断面コの字形であると断定することはできない。

そして、プラスチック成形品は、通常弾性体であり、プラスチックの弾性を利用してプラスチック成形品に他のものを挿入することは日常一般的にみられることであるから、「弾性保持部の径を内周、外周ともに縦横方向に拡大可能ならしめるためには、該マスキング治具の材料としてゴム等の伸縮性の大きな柔軟な弾性体を選択しなければならない」旨の原告の主張は失当である。

ロ.また、原告は、「本願考案の場合は、挿入凹部は周囲が閉じられている」旨主張するが、本願考案の実用新案登録請求の範囲には、「被保護部分挿入凹部を設けたマスキング材であって、該挿入凹部の最小巾もしくは最小径は…」と記載されており、挿入凹部の周囲は被保護部分として必要とされる保護の範囲によって定められるべきものであるから、本願考案の挿入凹部を必ずしも周囲が囲まれたもののみに限定して解する必要はない。

本願の図面に示されている形状も本願考案の1実施例にすぎす、本願考案を実施例に限定して狭く解釈する根拠がない。

本願考案は、マスキング材の挿入凹部の巾を考案の構成要件としているのであって、挿入凹部の周囲が閉じられていることを構成要件としていない。

ハ.仮に、本願考案記載の「挿入凹部」について、周囲が囲まれているものと解したとしても、前述のように、引用例1に示されたマスキング治具も弾性保持部は非塗装部の周囲を囲むものも包含するものであるから、審決において、本願考案の「挿入凹部」が引用例1記載の「弾性保持部3の内側部分」に相当するとしたこと、すなわち、一致点として「挿入凹部の巾は被保護部分の巾より若干小さく設定され」とした点に何ら誤りはない。

ニ.したがって、引用例1に示されたマスキング治具も、非塗装部に挿入すると、弾性保持部が非塗装部に押されて拡大し、このような巾の拡大に伴う弾性復元力によって非塗装部はマスキング治具の弾性保持部内に固定されるという点において、本願考案と差は認められない。

(2)  取消事由2(相違点イ.に対する判断の誤り)について

イ.原告が主張する「引用例1記載の考案のマスキング治具は左右が開放された断面コの字形をなしている」点についての反論は、(1)イ.で述べたとおりであり、「本願考案のマスキング材は挿入凹部の周囲が閉じられている」点についての反論は、(1)ロ.で述べたとおりである。

ロ.原告は、本願考案の「硬質熱可塑性プラスチック発泡体は、押圧されることによって発泡構造が潰れ、厚みの縮小を伴って巾もしくは径が拡大する」旨主張するが、この点について、本願明細書及び図面には記載されておらず、明細書の記載に基づかない主張であって失当である。

また、原告は、本願考案が「硬質熱可塑性プラスチック発泡体を選択したことは格段な技術的意義が存する」旨主張するが、前述のように、本願考案のマスキング材においては、被保護部分の挿入凹部の周囲が閉じられていることを考案の構成要件とはしておらず、また、仮に、その点が考案の構成要件であったとしても、引用例1記載のマスキング治具はその弾性保持部を周囲に有するものも包含するものであり、また、引用例1記載のマスキング治具もプラスチック材で形成され、その弾性復元力を利用するものであるから、本願考案において、マスキング材の材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を選択した点に格段な技術的意義は存在しない。

ハ.マスキング材として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いることは、本出願前周知の技術であって、引用例2は、周知技術の1例として示したものである。

そして、マスキング材として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いることが周知であることは、引用例2記載の考案に限られるものではない。(たとえば、審決でも示した乙第1号証、他にも乙第2号証ないし乙第4号証参照)

(3)  取消事由3(相違点ロ.に対する判断の誤り)について

原告は、本願考案におけるマスキング材の挿入凹部の巾の設定に関して、「該被保護部分を該挿入凹部に挿入した時に発泡構造が潰れて挿入凹部の巾もしくは径が容易に拡大し、該拡大に伴って弾性復元力が生ずるための必須要件である」旨主張する。

しかしながら、本願明細書には、この点について、「マスキング材(13)の挿入凹部(13)Bの最小巾もしくは最小径は被保護部分(2)の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定されているから、該被保護部分(2)を該マスキング材(13)の挿入凹部(13)Bに挿入した時、該挿入凹部(13)Bは拡大され、それにもとづく弾性復元力によって該マスキング材(13)は被保護部分(2)に強固に取付けられるのである。」(3頁9行ないし16行)と記載されているのみであって、原告の前記主張は、明細書の記載に基づかないものである。

なお、たとえ本願考案のマスキング材において、被保護部分を挿人凹部に挿入した時に発泡構造が潰れる現象が生ずるとしても、そのような現象は、マスキング材として従来周知の硬質熱可塑性プラスチック発泡体(乙第1号証ないし乙第4号証参照)に元来生じているものであって、当業者にとって周知の現象にすぎず、硬質熱可塑性プラスチック発泡体をマスキング材として採用した場合に当然奏する作用にすぎない。

(4)  以上要するに、原告の主張する取消事由はすべて理由がなく、審決の認定判断は正当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第4号証(平成5年5月17日付け手続補正書)、甲第5号証(昭和62年実用新案出願公開第156375号公報)によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願考案は、メッキ、蒸着等の際に、保護の必要な部分(被保護部分)にマスキングを施すために用いられるマスキング材に関する。(上記手続補正書添付の明細書(以下「明細書」という。)1頁13行ないし15行)

(2)  従来は、第8図に示すように、部材(1)の被保護部分(2)には粘着テープ(3)等を巻き付けたうえで、塗装、メッキ、蒸着等が行われていた。

しかしながら、粘着テープ(3)を被保護部分(2)に巻き付けたり、取り外したりすることは、きわめて煩雑であり、また、接着剤を塗布したマスキング材を取り付けた場合、塗装時の吹付圧により吹き飛び、落下が生じ、マスキングが不完全になることが多く、たとえば自動車の塗装工程のような大量連続工程では、大きな支障となっていた。(同1頁17行ないし2頁7行、本願公報の図面)

(3)  本願考案は、上記従来技術の問題点を解決するため、要旨記載の構成(明細書1頁5行ないし10行)を採用した。(同2頁9行ないし18行、本願公報の図面)

(4)  本願考案においては、被保護部分に対するマスキング材の脱着がきわめて簡単かつ容易にでき、そして、被保護部分は確実にマスキングされ、塗装時の吹付圧によるマスキング材の吹き飛び、落下がないので、大量連続工程にきわめて適する。(同4頁3行ないし8行)

2(1)  取消事由1(相違点の看過)について

イ.原告は、「引用例1記載の考案のマスキング治具は左右が開放された断面コの字形をなしている」旨主張する。

そこで、引用例1記載の考案について検討するに、成立に争いのない甲第2号証(昭和58年実用新案登録願第192264号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写し、昭和60年実用新案出願公開第100061号公報)によれば、引用例1は、名称を「塗装マスキング治具」とする考案であって、その実用新案登録請求の範囲には、「プラスチック材で構成され、被塗装物としてのプラスチック成形品に密着しその非塗装部を抱き込むための弾性保持部を備えたことを特徴とする塗装マスキング治具」(願書添付の明細書1頁5行ないし8行)と記載されていることが認められ、その考案の構成には、「本考案の塗装マスキング治具は、被塗装物としてのプラスチック成形品と同様のプラスチック材で構成し、その成形品に密着してその非塗装部を抱き込むように弾性保持部を設けたことを特徴とする」(2頁17行ないし3頁1行)と記載され、その実施例の説明には、「塗装マスキング治具1はプラスチックの廃材を100%再生利用したもので構成されており、樹脂成形品のゲート(ダイレクトゲート)をマスキング治具のツマミ2として利用し、また、抱き込みのための弾性保持部3を有している。この塗装マスキング治具1は被塗装物としてのプラスチック成形品6の凸状の非塗装部4に圧入され装着される。この非塗装部4とマスキング治具の関係は、

凸部>弾性保持部

になっている為、圧入することにより弾性保持部3には戻ろうとする力が発生し、非塗装部4を抱き込むように密着される。この弾性保持部3の保持力は塗装吹き付け圧よりも大きな密着力を発揮し、非塗装部4への吹き込み、マスキング治具の飛び出しが解消される。」(3頁4行ないし19行)と記載されていることが認められる。

そうすると、引用例1記載の考案においては、弾性保持部は非塗装部を抱き込むことにより密着されるものであって、「抱き込む」という表現は、通常抱き込まれる対象物の周囲を抱き込む側が比較的強い力で取り囲むようにしている様をいうものと認められるうえ、明細書の他の箇所をみても、マスキング治具の弾性保持部が左右に開放された断面コの字形のものに限定されることを示すような記載は認められない。

したがって、引用例1記載のマスキング治具の弾性保持部について、左右に開放された断面コの字形のものに限定されると解することはできない。

もっとも、引用例1の第3図は、マスキング治具の前後方向に弾性保持部が存在しないようにみえるともいえるけれども、同図面は単に1実施例を示すものにすぎないうえ、断面図であるからその全体の構造を表すものではなく、この図面の記載から引用例1記載の考案を原告の主張するように限定して解釈することはできない。

ロ.また、原告は、「本願考案の場合は、挿入凹部は周囲が閉じられている」旨主張するが、本願の実用新案登録請求の範囲は「該挿入凹部の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定されている」とされていて、その形状について挿入凹部及び被保護部分の巾もしくは径を構成要件としているのみであるから、必ずしも挿入凹部の周囲が閉じられたものと限定していると解することはできず、挿入凹部の周囲は被保護部分の必要とされる範囲によって定められるというべきである。

本願考案の第2図、第3図には、挿入凹部の周囲が閉じられているものが示されているけれども、これは本願考案の1実施例を表すものにすぎないから、この図をもって原告の主張を認めることもできない。

ハ.そうすると、本願考案のマスキング材と、引用例1記載のマスキング治具とは、いずれも原告の主張するような限定された形状のものであるということはできず、この形状の相違を前提にして、審決には両者の相違点を看過した誤りが存するとの原告の主張は、採用することができない。

(2)  取消事由2(相違点イ.に対する判断の誤り)について

イ.引用例1記載の考案のマスキング治具は左右が開放された断面コの字形をなしているものに限定されると解することができないこと、及び、本願考案のマスキング材は挿入凹部の周囲が閉じられているものに限定されると解することができないことについては、前示(1)認定のとおりである。

ロ.原告は、さらに、本願考案の「硬質熱可塑性プラスチック発泡体は、押圧されることによって発泡構造が潰れ、厚みの縮小を伴って巾もしくは径が拡大する」旨主張するところ、前掲甲第4号証、甲第5号証によっても、本願明細書には、本願考案の硬質熱可塑性プラスチック発泡体がこのような作用を営むことについて全く記載がなく、この点が示唆されていると認めることもできない。

すなわち、本願考案の実用新案登録請求の範囲にそのような記載はなく、その考案の詳細な説明には、「マスキング材(13)の挿入凹部(13)Bの最小巾もしくは最小径は被保護部分(2)の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定されているから、該被保護部分(2)を該マスキング材(13)の挿入凹部(13)Bに挿入した時、該挿入凹部(13)Bは拡大され、それにもとづく弾性復元力によって該マスキング材(13)は被保護部分(2)に強固に取付けられるのである。」(3頁9行ないし16行)と記載されているのみである。

また、原告は、本願考案において、挿入凹部に被保護部分が挿入された場合、挿入凹部は被保護部分に押圧されて内周を拡大するところ、マスキング材が硬質プラスチック発泡体を材料としているから、その外周は実質的に拡大せず、その結果、マスキング材の肉厚は弾性的に縮小し、この肉厚の弾性的な縮小は当然に発泡構造の潰れを伴う旨主張する。しかしながら、この点については、挿入凹部の最小巾もしくは最小径と被保護部分の最大巾もしくは最大径の関係、硬質プラスチック発泡体の硬度について等種々の条件の影響が考えられるから、上記原告の主張のように挿入凹部に被保護部分が挿入された場合、必ず発泡構造が潰れるものと断定することはできないというべきである。

ハ.次に、原告は、本願考案について「硬質熱可塑性プラスチック発泡体を選択したことは格段な技術的意義が存する」旨主張するけれども、引用例1記載のマスキング治具も、前示(1)イ.認定のとおり、プラスチック材で構成され、非塗装部とマスキング治具の関係を、凸部>弾性保持部として、プラスチックの弾性復元力を利用してマスキング治具を保持するものであると認められるところ、本願考案においても、その実用新案登録請求の範囲からすると、挿入凹部の最小巾もしくは最小径よりもその最大巾もしくは最大径が若干小さく設定されている被保護部分を挿入凹部に挿入することにより、挿入凹部の巾もしくは径が被保護部分に押されて拡大し、このような巾もしくは径の拡大に伴う弾性復元力によって被保護部分が挿入凹部内に強固に取り付けられるものと認められる。

そうすると、本願考案のマスキング材も、引用例1記載の考案のマスキング治具も、プラスチックの弾性復元力を利用して強く保持することを図る点において同様であるというべきである。

原告は、本願考案では弾性復元力を充たす材料としてプラスチック発泡体が選択された旨主張するけれども、このような弾性復元力発生の機構に硬質熱可塑性プラスチック発泡体特有のものがあるとしても、必要とされるのは弾性復元力が発生することであって、上記認定のように、本願考案のマスキング材も、引用例1記載の考案のマスキング治具も、プラスチックの弾性復元力を利用している点において同様であるから、本願考案が硬質熱可塑性プラスチック発泡体を採用したことに格別技術的意義があるものと認めることはできない。

ニ.そして、マスキング材として熱可塑性プラスチック発泡体を用いることは引用例2に記載されるように周知であることは、当事者間に争いがない。

さらに、硬質熱可塑性プラスチック発泡体についてみても、成立に争いのない甲第3号証(昭和49年実用新案登録願第112827号の願書及びこれに添付した明細書、図面、手続補正書の内容を撮影したマイクロフィルムの写し)によれば、引用例2は、名称を「マスキング材」とする考案で、その明細書には、「本考案に係るマスキング材に用いられる高分子発泡体片1の材料としては、例えばポリスチレン、…等を通常の発泡工程で発泡させたものである。」(明細書2頁5行ないし20行)と記載されており、そのほか、成立に争いのない乙第2号証(昭和55年特許出願公開第81763号公報)によれば、名称を「マスキング方法」とする発明において、「3は前記孔1に押込まれる球状の多孔性ポリスチロール樹脂発泡体で、」(2頁左上欄7行ないし9行)と、乙第3号証(昭和48年特許出願公告第29532号公報)によれば、名称を「塗装等におけるマスキング方法」とする発明において、「本発明において使用する合成樹脂発泡体よりなる保護片は…、例えば多孔性ポリスチロール樹脂、多孔性ポリエチレン樹脂等の熱可塑性樹脂発泡体が適宜使用でき、」(2欄12行ないし17行)と、乙第4号証(昭和49年特許出願公開第17829号公報)によれば、名称を「マスキング方法」とする発明において、実施例2に係るマスキング材に関して、「第2図に示すロッド8に内壁面に…を塗布したリング型発泡ポリスチレン片9をはめる。発泡ポリスチレン片9の内径は、ロッド8の径よりも若干小さめにとり密着性をよくする。」(3頁右上欄15行ないし19行)と記載されていることが認められ、ポリスチロールはポリスチレンと同義であること、発泡ポリスチレンが硬質熱可塑性プラスチック発泡体の代表的なものであることは技術常識というべきものであるから、マスキング材を硬質熱可塑性プラスチック発泡体で構成することは周知の技術であるということができる。

ホ.このように、マスキング材を硬質熱可塑性プラスチック発泡体で構成することは周知の技術であるから、引用例1記載のマスキング治具の熱可塑性プラスチック体に変えて、その材料を周知の硬質熱可塑性プラスチック発泡体にて構成することは、当業者がきわめて容易に想到し得たことと認められる。

(3)  取消事由3(相違点ロ.に対する判断の誤り)について

原告は、本願考案におけるマスキング材の挿入凹部及び被保護部分の巾もしくは径の設定は、「該マスキング材の材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を選択し、該被保護部分を該挿入凹部に挿入した時に発泡構造が潰れて挿入凹部の巾もしくは径が容易に拡大し、該拡大に伴って弾性復元力が生ずるための必須要件である」と主張するが、被保護部分を挿入凹部に挿入した時に発泡構造が潰れると断定され得ないことは、前示(2)ロ.認定のとおりであり、硬質熱可塑性プラスチック発泡体を採用したことについても格段の技術的意義が認められないことは前示(2)ハ.ニ.ホ.認定のとおりである。

そして、本願考案のマスキング材も、引用例1記載の考案のマスキング治具も、プラスチックの弾性復元力を利用して強く保持することを図る点において同様であることは、前示(2)ハ.認定のとおりである。

また、本願考案が挿入凹部の巾を最小巾とし、被保護部分の巾を最大巾としているのは、挿入凹部と被保護部分の接触する部分が部分的であってもよいことを表現していることは、当事者間に争いがない。

そうすると、相違点ロ.について、審決が「要は塗装時の吹付圧により吹き飛ばされない程度にマスキング材が被保護部分に保持されていれば良いのであるから、相違点ロ.のようにすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得たことと認める」と判断したことを誤りとする原告の主張は、その理由を欠くものであり、採用することができない。

3  以上のとおり、原告の主張する審決の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面 1

〈省略〉

(13)、(23)、(33)、(43)……………マスキング材

(13)A、(23)A、(33)A、(43)A…………ブロック

(13)B、(23)B、(33)B、(43)B…………被保護部分挿入凹部

別紙図面 2

〈省略〉

1…塗装マスキング治具 2…治具ツマミ 3…弾性保持部

4…製品非塗装部 5…塗膜 6…プラスチック成形品

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